えむえむず

楽しく生きてるやつの日記みたいなもんです。

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伝えること  

また雑記。

真幸と俺たちって何?って話になると大抵
親友で相棒で腐れ縁で家族で…と手当たり次第になる。

既存の言葉で表すには、ちょっと特殊な関係だとは思う。
単に友人だというには身内すぎるし、ただ兄弟とも違うし、もちろん恋人でもない。
全部っちゃ全部そうだけど、どれもちょっと違う感じがしてしまう。

母だと言われたこともある。
なんだか変な感じではあるけど言われたときには、
まあ、ある部分ではそうなのかな、と思った。


さて人間の子供においては、およそ3歳までには人格の土台が形成されるって話はよく聞く。
タルパなんかの人格形成でも同じ、ということはおそらくないだろうけど、
まあ生き物としても未熟で無垢な赤子の、人格の土台形成に3年かかる。

タルパにせよIFにせよ何にせよ、ある程度「自分」という土台の上に生まれるものだろうけど、
他人として「自分」と分けた「自分」が、全く別の人格として成り立ち始めるのにも、そのくらいはかかりそうなものだ。
3年も他人として存在していれば、いかに土台が同一だったとしても、ある程度「別人」になり始めそうな気がする。

記事タイトルの「伝えること」についてだけど、
人格形成に大切なのは、自己肯定感らしい。
自分は愛されている、自分は必要な人間だという感覚が、その後の幸福度に大きくかかわるそうだ。

自己肯定感のないタルパがどうなるのかは、なんとなく嫌な想像しか浮かばない。
数年連れ添ったタルパがある日突然駅のホームで飛び降りなんて笑えない。
実際それで人格が死ぬのかは分からないが、おそらく「死」を何の疑いもなく心の底から確信したら、人格とて死ぬ気がする。


子育てにおいて大切なのは、無条件の愛だそうだ。
「いてくれてありがとう」ということだ。条件付きではいけない。
「いつも支えてくれてありがとう」では条件付き。何かをしてくれるから愛しているわけではない。

生まれてきてくれてありがとう、そういって抱きしめてやればいい。
もちろん心の底からそう思っている。まさきがいてくれて幸せだ。
ただ、そう伝えることは少ないんじゃないかと思う。

「母」と言われたのはもうかなり前だが、言われた時そんなことを考えて、それからは伝えることを意識し始めた。
自分たちはなんらかの形で繋がっていて、伝えることを怠りがちだと思う。
それでも言葉にすることは大事な気がする。
あんまり言いすぎると何か軽くなる気もするけど、
何か記念の日とか、そういうときには勿体付けず伝えることにしている。

真幸に深い自己肯定感なんてものがあるのかは分からない。
俺にすらそんなものあるのか疑問だ。
でも、二人で生きていけたらいいと思う。

生まれてきてくれてありがとう
ここまで読んでくれたタルパーさんがもしいたら、ぜひタルパに伝えて欲しいと思う。
あなたがいて幸せなんだよ、と。きっと嬉しいはず。
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コメント

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 |  #
2015/02/15 01:34 | edit

Re: 初めまして。

華さんはじめまして。界隈の方でしょうか。
大変私的なブログではございますが、そのように言っていただけますと幸いです。
応援のコメント、どうもありがとうございました。
今後とも大したことは書けませんが、二人で前向きにやっていきますのでよろしくお願いします。

URL | 高村 #-
2015/02/16 11:47 | edit

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 |  #
2015/02/17 20:46 | edit

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